東京大学経済学部首席卒業後、旧 大蔵省(現財務省)に入省。退職後、ハーバード大を経て、現在は慶應義塾大学准教授で経済学者でありメディアでも活躍する小幡績氏。『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)をはじめとした著書も多い小幡氏と、組織のリーダーシップ開発に携わる企業を率いる伊藤守(コーチ・トゥエンティワン代表取締役)の特別対談が、この度、実現しました。グローバル経済において、日本企業、特に中小企業では、どのようにリーダーシップを開発していけばよいのか、そのヒントがここにあります。

- 小幡 績氏
経済学者
1992年、東京大学経済学部卒業。その後、旧 大蔵省(現財務省)に入省し、1999年に退職。2000年のIMFサマーインターンを経て、2001年~2003年、一橋大学経済研究所専任講師を務める。2001年、ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。現在は、慶應義塾大学ビジネススクール准教授として活躍。メディアなどで積極的に発言し、また、個人投資家としての経験も豊富な行動派経済学者。行動ファイナンスとコーポレートガバナンスを専門としている。

- 伊藤 守
株式会社コーチ・トゥエンティワン代表取締役
日本における最初の国際コーチ連盟マスター認定コーチ。 地方公共団体、教育機関、経営者団体などを対象とする講演多数。企業・経営者団体などを対象とした研修のほか、経営者の個人コーチも自ら手がける。またコミュニケーションに関する著書も数多く出版している。
ただやみくもにモノを作っていても、変化の速い今の社会では、いずれ淘汰されてしまう
伊藤「小幡さん、こんにちは。今日はいろいろとお話ししたいことがあったんですよ。いきなりですが、伺ってもいいですか?」
小幡 「こんにちは。もちろんです。どうぞ、何のお話ですか?」
伊藤「今、コーチ・トゥエンティワンでは、大企業はもちろん、中小企業の活性化のため、経営者の方を中心にコーチングの組織導入を提案させていただいています。なぜなら中小企業が元気をなくしてしまったら、日本そのものから活力が失われてしまうからです。ところが、この15年の間にさまざまな危機や苦難があり、中小企業はすでに100万社以上潰れていると言われている。これまでのように製品を作ったり、サービスを開発したりしたとしても、売れなくなっているんですね。こうした経済問題に対して、今後日本ではどのように対応していく必要があるのか、ということを今日はお話ししたいと思っています」
小幡 「なるほど。素人みたいな質問で恐縮ですが、『コーチング』と『組織』というのが私にはあまり結びつかないんですよね。そのつながりはどういうものなんでしょう? 経営陣にコーチングをして、良いビジネスをする組織をつくるということがコーチ・トゥエンティワンの提案なのでしょうか?」
伊藤 「そうとも言えますが、具体的には、企業における人材開発や人材育成を行っています。今組織を引っ張っている経営者や経営層のリーダーシップを向上させることも大切ですし、次期リーダー層などの後継者を育成していくことも企業発展の上で欠かせないテーマであると考えています。特に中小企業の場合は、一概には言えませんが、まだまだ組織内における情報伝達のスピードが遅い傾向が見られます。私たちがコーチング導入を推進している理由の一つとして、コミュニケーションを通じて、こうした課題を解決していきたいから、というのはありますね」

小幡 「でも、中小企業といっても、いろんな企業がありますよね。たとえば、サービスや生産物はすごく魅力的なのに、何かが足りなくて弾けない企業と、サービスや生産物自体が時代のニーズに合わなくなってきてしまった企業があるとすると、経営者や経営層のリーダーシップを高めるといっても、質的に異なるリーダーシップが必要になってきますよね?」
伊藤「そうでしょうね。ただそれも含めて、こうした問題の裏側には、さっき話したように、日本の組織の情報伝達の遅さに加え、リーダーの決断力の遅さがあるんじゃないかと思っているんですよ」
小幡「それはどういうことですか?」
伊藤 「つまり、日本のリーダー層は、あらゆることへの決定のスピードが遅いのではないかと。○なのか、×なのか。果たして今、そんなにゆっくり判断する時間的猶予はあるのでしょうか。例えば、このペースで外資のビジネスパーソンと話していたら、確実に『もう、決められないならいいですよ』と言われてしまうでしょう。こうした決定スピードの遅さが、総じて日本のビジネスの可能性を狭めているのではないかと思うわけです。今や日本や欧米だけでなく、アフリカにまで商圏を広げている中国のスピード感を見ればその差は歴然です。小幡さんは、今の日本経済のスピード感をどう見ていますか?」
小幡 「伊藤さんのおっしゃる通りですね。いったいいつから日本企業はスピードが遅くなったのか。昔は速かったのに、今の組織はだめで遅くなったのか。それとも、世界中で、組織が進歩して、みんな速くなったのに、日本企業だけ進化が遅れたのか。その原因を考える必要はありますね。それによって、コーチングのポイントも組織の変化すべき方向も変わってくる。
さらに、速くなれなかったことによる悪影響を改善した上で、同時に、ただ速いだけでいいのか、ということを考える必要もあると思います。『速くすべきところ』と『伝統を守るべきところ』と分けないといけない。あるいは、とにかく合理的に環境に反応して、という部分と、短期的には合理的でないように見えても、失ってはいけないこだわり、信念の部分を分けないといけないと思います」
玉虫色のアイデンティティを持つ日本人

伊藤 「確かに速ければそれだけで良いというものではないですね。そもそも日本には『あいまいな文化』というものが脈々と流れているわけですからね」
小幡 「『あいまいな文化』ですか?」
伊藤 「ええ。思いやりと言ってもいいですけど、例えば韓国が○か、×かをハッキリ言う国民だとすると、日本の場合は、その中間を選ぶというか。そうした文化が決断のスピードに少なからず関係しているのかもしれませんね」
小幡 「そういえば、以前、『ワールドバリューズサーベイ』(アメリカ政府が出資する研究組織)が、世界各国を対象に、『あなたは周りの人々を信用していますか?』という調査を行いました。所得が低く、貧しい国では、信用していないという回答の割合が高く見られましたが、では、日本はどのような結果だったと思いますか?」
伊藤 「『あいまいな文化』ですから、『イエス』が最も多い、ということはないと思いますが、実際はどうだったんですか?」
小幡 「おっしゃるとおり、他の国に比べて、『どちらでもない』『一概には言えない』といった意見が多かったですね。フランスもそうだったのですが、つまり、先ほど伊藤さんのおっしゃった『あいまい』につながると思うんですけど、日本人は慎重であり、思慮深いんですよね。裏を返せば、日本人ほど本音で話す民族はいないかもしれない。だって、絶対○か×かなんて、そんなに物事簡単にいくことって少ないじゃないですか。それをきちんと、あいまいに伝えているわけですから、これがある意味本心ですよね。建前は建前と言いますし」
伊藤 「つまり、この『えもいわれぬ文化』こそが、我々のアイデンティティであると。まさに玉虫色のアイデンティティですね。だからといって、決断が遅くていいというわけではありませんが、こうした文化的背景はきちんと理解しておいたほうがいいですね」
コーチングに適しているのは、自分から「リスクを負える人」
小幡 「ところで、伊藤さんは、会社経営のほかにもご自身でクライアントの方にコーチをされているんですよね。コーチを引き受けているクライアントの方の共通点とかってあるんですか?」
伊藤 「ひと言で言うと、『リスクを負っている人』ですね。目標やゴールが明確で、『さあ、新しいことやろう!』『○○に勝つぞ!』『△△を達成するぞ!』というビジョンを持っている方のコーチは引き受けますが、振られた仕事をただ次に振るだけの仕事をしているような、明確なビジョンを持っていない方はお断りしています」

小幡 「依頼されても断っちゃうんですか!?」
伊藤 「ええ。世界というフィールドで、大きなビジョンに向かっていく。リスクを冒してでも、他国や他企業としのぎを削る。海外の投資顧問会社や証券会社をイメージしてみてください。そういう状況に身を置いてこそ、『今、何が必要か』『何を変えれば、勝てるのか』を明確にするためのコーチングが機能します」
小幡 「まったく0からの組織だったらどうですか?」
伊藤 「それはやりますよ。0から立ち上げるには、相当なリスクが伴うわけですからね。そうした状態のビジネスパーソンや組織にコーチが付くことではじめて、コーチングは最大限の効果が発揮されるんです」
大きな変化より、小さな変化のほうが、対応は難しい
伊藤 「でも、リスクという意味では、今はどんな企業であれ、ビジネスパーソンであれ、負っているはずだと思いますけどね。これだけスピードの速い社会で、何もしないということもある意味で相当なリスクなわけです。もちろん、『あえて何もしない』という選択肢もありますが、世の中の流れについていけずにただ変化を恐れている企業も私には少なからず見受けられます。日本人の場合、組織の仕組みを変えるのは好きなんですけど、いざ自分が変わるとなるとすごい抵抗感を持ってしまう。みんな『except me(自分以外)』なんです」
小幡 「なるほど。同時に、小さな変化こそ難しい、というのはあるかもしれませんね。むしろ、大きな変化なら比較的簡単なのかもしれません。例えば、官僚改革。かつての自民党政権という枠組みの中でちょっと何かを変えようとすると、官僚の側から相当な反発がありましたが、民主党政権では、大改革もやむなしという雰囲気になる。あきらめの境地かもしれませんが、比較的、環境の大変化には素直に順応するんです。日本人はもしかすると、自分自身に関わるちょっとした変化への対応が苦手なのかもしれません」

伊藤 「そうなんでしょうね。小さなことって意外に難しい。そういえば、小幡さんは、これまで人にお金を貸したことありますか?」
小幡 「ええ、ありますよ」
伊藤 「たとえば、その貸したお金が一ヶ月経っても返ってこないとしますよね。小幡さんは、それがいくらだったら、『返して』と要求しますか?」
小幡 「う~ん、そうですね…。1000円以上だったら言いますね」
伊藤 「じゃあ、100円だったら?」
小幡 「言わないでしょうね」
伊藤 「10円だったら?」
小幡 「10円だったら、頭から、返してもらおうとは思っていないです(笑)」
伊藤 「ということは、小幡さんは大きな金額になれば行動を起こせるけど、小さな金額のときは、同じ『貸したお金を返してもらう』という行動が起こせない、ということがいえると思いませんか?」
小幡 「つまり小さな変化が生み出せないということですね。言われてみれば、うちの研究室は今、足の踏み場もないくらい汚いですが、コツコツ整理整頓しよう、という発想はまったくない。とことんまで汚くなって、あるときまとめて全部捨てるしかない、くらい思い切ってやらないと片付かない、と思っている。
ただ、個人レベルのお金や部屋の掃除ならともかく、経済という大きな枠の中では、いきなり大きくすべてを壊しても成功するものではありませんよね。日頃から小さな変化を生み出し、対応し続けられる状態にしておくことが、難しいけど、一番重要なんだと。ある意味、『大きく変化する必要のない状態に常に組織をメンテナンスしていること』これが、組織のリーダーがしなくてはならない最重要なことの一つかもしれません」
鍵を握るのは、リーダーの人材開発
伊藤 「最後に中小企業に話を戻しますが、やはり彼らが力をつけ、日本経済を活性化させるには、もう待ったなしの状況だと思います。すでにあるリスクを理解し、決断のスピードを高め、変化を自ら巻き起こしていく。こうしたリーダーや次期リーダーが生まれる組織だけが、このグローバル経済で生き残っていけるのではないでしょうか」

小幡 「そうですね。かつて中小企業は、大企業の下請けとして、モノを作っていればよかった。でも時代は変わり、今や大企業ですら、自身を守るのに必死なわけです。だからこそ、中小企業は、これから淘汰されないためにも、個々の問題として捉えるしかない。仮にそれが農家であれば、農協に売れなければ、自分たちで売っていくしかないわけです。自分たちでお客様に向き合っていくしかない。これは逆にいえばチャンスです。お客様に直接、接することが出来るようになるわけですから。組織の改革は、お客様と直接触れ合うことからしか生まれません。これが組織の改革の出発点であり、原点であり、本質だと私は思うのです」
伊藤 「それに加えて、リスクを冒してでも行動を起こす力や、やるかやらないのかという決断のスピードを高める力を養っていくことで、淘汰されない組織が生み出せるのではないでしょうか。これからも私たちは、リーダーに対する人材開発、人材育成をミッションに、企業と関わっていきます。今日はいろいろとお話しさせていただき、ありがとうございました」
小幡 「こちらこそありがとうございました!」
【インタビュー実施日:2010年5月28日】
構成:コーチ・トゥエンティワン 花木 裕介
カメラ:コーチ・トゥエンティワン 戸田 ちえ子
以下のブログでは、小幡先生が日々、経済や投資について、ご自身の見解を語っていらっしゃいます。興味をお持ちの方は、ぜひ覗いてみてください。