参加を通して感じられたこと / これからの時代のコーチング

今回のカンファレンスを通じて、参加者の視点からは以下の3点が印象に残りました。

コーチとしてどうあるか

今回のカンファレンスでは「智慧」をテーマに、現代の差し迫った社会問題がいくつも取り上げられ、コーチとしていかに人間らしく生き、人や世界と関わるか、ということが終始問われました。

この問いに対するキーワードとして、「人間性 (Humanity)」「相互性 (Mutuality)」「マタリング(Mattering:組織や人間関係において、自分が意味のある存在だと感じること)」という言葉が各スピーカーから幾度となく聞かれました。コーチとして、こうしたあり方・関わり方を実現することによって、IOCは社会を本質的に変えようとしていること、そして「世界を変革するリーダー」としてのコーチの役割に、圧倒的な誇りを持っているコミュニティであることが強く感じられました。

「世界のリーダー」としてのコーチは、クライアントに対してコーチングセッションを提供する(Doing)こと以上に、コーチのあり方(Being)を常に問い、体現する存在として、プロフェッショナリズムを貫く個人、集団であるという厳格さも感じられます。

AI/テクノロジーの進化の中で人間性を失わずにあり続けること

AIやテクノロジーは、ここ数年の世界のあらゆるカンファレンスで必ず扱われるテーマになりました。2023年のIOCのカンファレンスでもAIコーチングがひとつの基調講演のテーマになっていましたが、今年は最後の基調講演でAIを主題として扱うという象徴的な位置づけでした。この基調講演に限らず、マーティン・セリグマン博士の講演の中でもAIとポジティブ心理学について扱われたほか、AI/テクノロジーによる社会的地殻変動は、ほとんどの講演の前提に置かれていました。

テクノロジーやAIの劇的な進化に対して、今回のカンファレンスでは以下の主張が聞かれました。

  • テクノロジーが必然的に生み出す緊張状態に対して、私たちは人として人間性を失わずにいることが、これまで以上に大切になっている
  • AIやテクノロジーは、手綱をつけて活用していくことで、その人間性をサポートするツールになりうるはずである

実際に、Empathy(共感)を育むためのAIがMIT(マサチューセッツ工科大学)で開発される動きもあり、こうした考えは今後さらに普及していくものと思われます。

コーチングの領域では、AIは人間同士のコーチングプロセスのサポートツールとして、あるいはデータ分析、スーパービジョン、人間のコーチの代わりとして活用されるようになっています。AIが人間のコーチを代替するのではないかと、危機意識をもつ見方もありますが、一方で、AIがコーチングの可能性を拡げることができる、あるいはコーチングの価値をより多くの人に広める力があることも示されてきています。しかし、そうした未来のためには、人間のテクノロジーとの関わり方、そのあり方が、何よりも重要になるものと思われます。特に、今後AIがAGI(汎用人工知能)からASI(人工超知能)へと発展していく過程では、その重要性は一層増すでしょう。

昨年のカンファレンスで講演したニッキー・ターブランシュ博士は、AIコーチングのデザインのフレームワークを提唱しています。その中では、倫理性がデザインの中に組み込まれています。適切に人間が手綱を引きながら、テクノロジーの可能性を最大限に活用する、その前提には、改めて人間としてのあり方、人間性が、問われることになるでしょう。コーチングは、人や世界に対する好奇心と関心、双方向性のある関わりを、手法としての土台・哲学に生来備えて発展してきています。それゆえに、こうした人としてのあり方を体現し世界に示していくことができます。

今回のカンファレンスでは、テクノロジーが席巻する世界で、コーチングの世界にとどまらず、世界にポジティブなインパクトを与えていける存在として、コーチングの価値が再定義されていると感じました。

「コミュニティからムーブメントへ」

カンファレンスは、代表のマーガレット・ムーア氏の次のようなクロージングコメントで締められました。

IOCが設立された15年前、私たちの取り組みはInsititute(ひとつの機関)だった。
いま、コミュニティになった。
未来に向けて、この取り組みをムーブメントにしていきたい。

IOCは、非営利団体としてサイエンス・ベーストなコーチングを進展させることに強い信念をもって取り組んでいます。背景には、多種多様なバックグラウンドから各所で同時多発的に生じてきたコーチングという実践を、それぞれの温室の中にとどめておくのではなく、互いに交わり、より意義のある形で発展させようという強い思いが感じられます。

IOCのサイエンスアドバイザリーの一人でもある故アンソニー・グラントは、ある書籍の序文に、コーチングは批判的思考や適切な評価によるフィードバックを交わし、そこからの学びを実践に反映することに真摯に取り組まない限り、コーチングが胡散臭く、誇張に満ちた世界に終始するリスクがあると記しています。
コーチ一人ひとりが互いに繋がり、コーチングが健全な自己批判を重ねながら、世界のムーブメントになることで、アンソニー・グラントが危惧した未来ではなく、これからの世界を人間性に満ちたものにしていくコーチングへと発展する大いなる可能性を感じました。

同時に、こうした世界の動きに、日本のコーチングコミュニティはどう関わっていくのか。
日本でコーチングが人に、そして社会にポジティブなインパクトを生み出していくための、コミュニティやムーブメントは、どうしたら実現できるのか。コーチ・エィとして実現を推進していきたいと思うとともに、私たちが関わる皆さんとこうした問いについて対話していきたいと感じた2日間でした。

(報告・文責:コーチング研究所 福林直、宗像このみ)